秀808の平凡日誌

第参拾四話 邂逅


 研究室のような薄暗い部屋に、幼き日のクロードと一人大人の人間が立っていた。

 クロードが、たまに自分の事を見に来てくれる天使の事についてその男に聞いた。

「ねぇ、あの人は?」

「あの人…メキジェウスの事か?」

「うん!…もう来ないの?」

 男はしゃがみこむと、クロードと視線を合わせ、答えた。

「彼は、もういないんだ。」

「…死んじゃったの?」

       ・・・・・・・・
「そう…だが、君もメキジェウスだ」

「…え?」

 男は戸惑うクロードの頭を優しく撫でまわす。

「…クロードは、メキジェウスの事が好きか?」

「うんっ!」

 まだ10歳にも満たないクロードは、悪意の無い満面の笑みを作り答えた。

「彼は志半ばで討たれた…だから、君が彼の成し遂げようとした事を実行してやるんだ」




「いい加減に死にな!」

 クロードは手持ちの長刀を振り回して、紅く光る手斧を持つシーフ…レヴァルに突進していく。

 対するレヴァルは、後ろに後退しながら『ルインドライバー』を『ダブルスローイング』で放った。

 持ち主の手を離れた8本の『ルインドライバー』は、不気味な風切り声を上げながらクロードに迫る。

「しゃらくさいっ!」

 クロードは立ち止まり、放たれた『ルインドライバー』を長刀で全て弾き飛ばす。

 動きを止めたクロードに、キャロルが『インターバルシューター』と『ビットグラインダー』による強力な連続攻撃を浴びせる。

 しかし、『ビットグラインダー』がクロードに命中する直前、セルフォルスが割って入り『ビットグラインダー』で放たれた矢を防いだ。

 だが上空から降り注いだ『インターバルシューター』がクロードに降り注ぎ、避けようとしたクロードの体を切り裂いた。

「ぐっ!…」

 右足の太股に刺さった矢を抜きながら、クロードはうめく。たいしたダメージではないものの、攻撃を受けた部位が足となれば、この後に思わぬ痛手を被る可能性もある。

 対処方を考えていたそのとき、遠くから「ブォォォォォ…」という角笛の音が鳴り響いた。




 

 古都ブルンネンシュティグ城門の上に、角笛を持ったネビスと紅龍の姿が見える。

 先ほどの音は、紅龍がネビスに命令して撤退の音を吹かせたのだ。

「よし、もういいぞ、ネビス」

 紅龍が再び命令を下すと、ネビスは角笛を吹くのをやめた。

 吹き終わってから少しの沈黙の後、ネビスが唐突に紅龍に聞く。

「紅龍様、なぜ撤退の笛を鳴らさせたのです?状況はこちらが完全に有利なのに」

「…知りたいか?ネビス」

「…はい」

 紅龍がネビスに向き直る。こちらを見据えたネビスの瞳には、はっきりと疑念の色が浮かんでいた。

「…餌をおびき出すためだ、ネビス」

「…餌?」

「今我々がここを襲撃し、もし一人残らず人間を殲滅してしまったら、祖龍様に捧げる勇者達の血はどうするのだ?」

「あ…」

 確かに紅龍の言う通りだ。祖龍に捧げる血は『生きている状態』から搾り取った血でなくてはならない。

 死人から搾り取った血では意味がないのだ。

「なら尚更、その人間達以外の人間を殲滅して、その勇者達を半殺しで持ち帰れば…」

「…半殺し?笑わせる。貴様とスウォームはたかが2人にですら返り討ちにされた。それほどの奴等を半殺しにして持ち帰ることが容易なことではないことぐらいは、わからないのか?…ネビス?」

「そ、それは…」

 戸惑うネビスを見て、嘲るような笑いをこぼす紅龍。

     ・・・・・・・・・・・・
「…まぁ、スウォームはここで終わるだろうが…」

「…どういう事です?」

「…じきにわかる」



 ―――やはり、この女は邪魔だ。

 前に逃げられた剣士…ランディエフといったか?あれと非常に心の構造がよく似ている。

 今のネビスと言う名は、おそらく本当の名前ではないだろう。

 あの剣士のように、脱走して敵側につく恐れもある。

 それに、もし裏切らないとしても、セルフォルスと同様に祖龍への忠誠心は偉大だ。

 ―――なら、奴に気取られないようにセルフォルスもろとも始末するしかあるまい。


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